2016年8月18日木曜日

初秋

お盆も過ぎ、台風も発生し、秋の気配が、忍び寄って来ました。

残暑は、まだまだ、厳しいだろうけど…、間違いなく、季節は、時を進めています。

この時季が、私は、昔から嫌いでした。    

気付かない間に、陽は短くなり、太陽の耀きにも、何処か、色褪せた物を感じ、まるで、青春の終わりを告げる様です。  

でも、まだまだ、青春にしがみつきたい自分も、残っていたりして…。夏の終わりを告げる、日暮の鳴き声と共に、過ぎ去りし自分の青春の時に、思いを馳せる自分が、今、ここにいます。      

そして、来るべき秋に備えて、今暫く、そんな時間を大切に、去り行く夏の終わりを、見送りたいと思います。

2016年8月12日金曜日

山の日

今年から、8月11日が、山の日になりましたが…、お盆休み前のこの時季に、1日祝日を増やす意図が、私には、分かりません。

これは、休みを増やして、消費を高めようと言う、国の意図なんでしょうかね?。
   
 休みが1日増えたところで、消費が増えるとは、とても私には、思えません。
  
世の中には、サラリーマンを対象にした商売人も、一杯いる訳で、そんな人から見れば、1日、営業日が減る事になり、死活問題かも?。

確かに、観光地等では、休みが増えた方が、人の出も増えて、いいのでしょうが…。

でも、そこで消費したお金のツケは、その後の日常生活に、必ず節約と言う形で、跳ね返って来て、結果的には、経済の循環を、歪なものにする事になるでしょう。

しかも、元々、8月のその時季には、お盆休みと言う、伝統的な文化も有り、1日増やしたところで、余り、意味をなさない祝日だと思います。    

 しいて、そうしたいのなら、祝日の無い6月に、山の日を持って来た方が、経済効果の観点からも出ると、経済を学んだ凡人の私は、思うのですが…。

貴方は、どう思いますか?。

2016年8月5日金曜日

真夏

やっと、入道雲も見られ、夏らしい天気に、なって来ましたが…、先日、ゴルフ場に向かう道すがら、野生のユリの花を見かけました。

昔は、お袋の千葉の実家に行くと、山や、あぜ道や、実家の庭にと、よく見かけたものです。
 
そして、そのユリの花は、約束したかの様に、翌年、必ず、又、同じ場所で、咲いているのです。

昼間の、ジリジリとした暑さが、少し、収まりかけた夜になると、蛍が田んぼの上で、乱舞し、気の早い、虫たちの音も…。

そんな何気ない風景に、僕らの少年時代は、季節の移ろいを感じたものです。

2016年7月27日水曜日

梅雨明けしたと言うのに、中々、スッキリしない天気。

青い空に、白い入道雲、そして、ジリジリと照りつける太陽。

蝉が、喧しい位に鳴き、部屋では、扇風機が負けない位に、唸りをあげ、回っている。

井戸水で冷やしたラムネを、子供達は、美味しそうに、ゲップをしながら、飲んでいる。

仏壇には、スイカや、黄色い瓜が供えて有り、蚊取り線香と、お線香の混ざった薫りが、微かに漂う。

そんな夏は、もう、遠い昔の夢物語。
 
時は流れ、今は、子供達も、陽射しを避け、快適なエアコンの効いた部屋の中。    携帯ゲームのデジタルな世界で、夏を生きている。

こんな今の世を、先人達は、果たして、どう思うのでしょうね?。

2016年7月11日月曜日

かき氷

7月も中旬になり、夏の陽射しが、眩しくて痛い程です。  


男の私は、日焼け止めをする訳も無く、素直に、陽射しを受け入れ、焼かれています。

こんな暑い日には、かき氷が食べたいな。

昔は、メロン味のシロップをかけたのが大好きで、舌を緑色にして、喜んでいたものです。




因みに、せんじ(みぞれ)は、何れだけかかっているのか、分からないから、嫌いです

そして、少し大人になった今は、宇治ミルクをたしなむ私です。

2016年6月21日火曜日

珈琲タイム

朝から、何杯も、珈琲を飲んで、身体の怠さと闘っている私。

この気怠さは、今日の雨の所為なのか?、歳の所為なのか?、私には、分からない…。

或は、その両方なのかもね。

何れにしても、今の私の人生、急いで走る必要が無いので、のんびりと、只今、珈琲タイム。  

人生に歩き疲れない様に、何も考えず、只今、のんびりと、珈琲タイム中。

2016年6月3日金曜日

梅雨

もう、6月。  

季節は巡り、春から、初夏に移り、本来で言えば、梅雨入りしているか、梅雨の走りの時季なのに…、今年は、何か、少し、変。      

紫陽花の花も、この異常な天候に、戸惑っている感じです。

別に、雨が好きな訳ではないけれど、あの鬱陶しい雨の季節に…、けな気に、そして、色鮮やかに咲く花。      

そんな紫陽花の花が、私は、子供の頃から、好きでした。

だから、私も、紫陽花の花の様に、けな気に、そして、色鮮やかに、生きたい。